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2019年 大賞
2019年 次点

総評

2018年のクソゲーオブザイヤーは平成最後のKOTYという栄冠を手にするべく送り出されるクソゲー達との戦いとなった。
2004年から始まったKOTYは去年で実に15年目。
その長い歴史…否、それ以前から絶え間なく負の方面に進化を続け、我々に驚愕と落胆を届け続けたクソゲー達。
前年もまた、その進化を感じさせる確かな輝きを持ったクソゲー達が戦いを繰り広げた。
その戦いを制したのは、今なお進化を続ける最低最悪の破壊神、「MVT」。
KOTYが歩んできた負の歴史を随所に感じさせるバグや仕様の数々をもって戦場を蹂躙した最凶のクソゲーである。
平成KOTYの最後を飾るに相応しい10年に1度の伝説級のクソゲーは、
未来永劫語り継いでいけるであろう程に圧倒的な力を我々に魅せてくれたと言えよう。

…そして2019年。
新元号・「令和」と共に新たなるKOTYが幕を上げる。
新時代のゲーム史は我々にどのような光景を見せてくれるだろうか。どのような体験を与えてくれるだろうか。
令和最初のKOTYは…どのような糞を魅せてくれるのだろうか。
今年もまた、戦いが始まる。

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まだ令和も遠い1月の終わり、早くもスレにクソゲーが襲い掛かる。
それが長く長く続く戦火の種だとはその時誰も気付いてはいなかった。
2019年の先陣を切ったのは異空からの来訪者、PS4及びNintendo Switch向け DLソフト「YⅡK:ポストモダンRPG」。(通称:Y2K)

世紀末を舞台に描かれる、所謂「2000年問題」を題材としたRPGである。
「MOTHER」や村上春樹氏の作風をリスペクトし、何処か懐かしいJRPGを思わせる雰囲気には確かな魅力があった。…だが残念な事にこのゲームはそれ以上に問題を抱えていたのだ。
RPGの核たる戦闘にはQTE及びミニゲームが採用されている…がこれこそがゲームとしてのY2Kを台無しにしていると言っても過言では無い。
ただでさえ敵がやや硬めかつパーティメンバーに特定の役割が無い単調な調整であるにも関わらず、攻撃にも防御にもQTEを要求するせいで大変テンポが悪くなってしまっているのだ。
防御QTEに至っては判定が個別なので敵から全体攻撃を受けようがものなら4連続でQTEを強いられてしまう。
QTE自体も操作性こそ悪くないが純粋に難易度が高く、救済措置としてかエネルギーが残っている間QTEをスローモーションにできるシステムも存在するが単純に戦闘時間が伸びてしまうため余計にテンポを悪化させる原因となっている。
普通にやっても冗長かつ単調な戦闘であるが、序盤を超えた頃に覚えるレベル依存の全体攻撃が非常に強力であり、レベルを上げる度に加速度的にダメージが上昇していくためゲームを進めれば進めるほど戦闘に何の価値も無くなっていく。
無論それを封印すればある程度適切なバランスで遊ぶ事は可能だが、その果てに待つのはただのQTE地獄である。
レベルシステムも出来が悪く、レベルを上げるにはセーブポイントから進める「マインドダンジョン」を進む必要がある。
マインドダンジョンでは貯めた経験値を使用してレベルを上げ、ダンジョンを進むことでステータスを割り振っていくのだが、セーブポイントを介する必要がある為にどこでもレベルを上げる事が出来ない上、ダンジョン内のレスポンスがやたら悪い為に余計にストレスが貯まる作りに仕上がっている。
総合してシステム部分には「テンポの悪さ」が目につく。
もう一つの核であるストーリーについても語ろう。
ストーリーが持つ軸そのものは決して悪くない、と言えるモノだ。
行方不明になった少女を追いかけ、それにまつわる事柄を調べていくうちに世界の原理を知り、世界が崩壊する事を知り、終末へと立ち向かっていく。
だがそれらを取り巻く描写は決して褒められたものでは無い。
謎をバラ撒くだけバラ撒いてそれを回収しない。固有名詞に対する解説が足りない為に世界観への理解がしづらい。主人公はリアリティに溢れた「甘ったれ」であり、冗長なモノローグも相まって感情移入が困難。
感情移入の困難さと増え続ける謎故にゲームを進めれば進めるほどストーリーを楽しめなくなっていき、最終的には急展開の連続でプレイヤーを置いていく。
説教臭い展開や言い訳じみた心理描写の数々が不快感を与え、中途半端で放り出された伏線の数々が心に謎を残す。
何処までも「まとめられていない」ストーリー。
RPGであるためかバックログが存在しない事、どうしてもストーリーが切れ気味になる事も相まって全てを理解する事は難しくなっている。
そしてそれら両方を楽しむ事を阻害するのがバグの存在だ。
フリーズは多発し、ダンジョンのギミックが消滅し、表記ミスや未翻訳も存在し、進行不能バグも確認されているといった作りの粗さが目につく。
この数々のバグの存在がY2Kへの没入感を余計に阻害する一因となっていることは想像に難くないであろう。

良い部分も敢えて語ろう。
「MOTHER」を思わせるセリフ回しや、確かな魅力を持ったキャラクター達の掛け合いは出来が良いと言えるし、ホラーチックな描写や人の精神を描く表現も見るところがある。
日本語訳も秀逸で違和感なく読めるモノだ。
菊田裕樹氏やTobyFox氏を始めとした名だたる作曲者が手がける音楽も大変素晴らしいものであり、手放しで評価できるものと言える。

テンポの悪さとバグが組み合わさった事で生まれたストレスが貯まるシステムの数々、説明不足と難のある主人公が織りなすクセの強いスト―リー。
個々の要素には確かに魅力があり、どれかが好きになれるポテンシャルこそあるもののどれかが足を引っ張り評価を限りなく下げていく。
端的に言えば、「思いついたものを手当たり次第ブチ込んだせいで、まとめる事に失敗したゲーム」と言える。
こういった種のゲームは、「褒める事が出来ないクソゲー」と違って「褒められる点」があるがために「褒められない部分」がより際立った糞を感じさせる、という特徴を持つ。
その要素が持つ不和は、確かなる「糞」と言い切るに足りると言えるだろう。

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夏の暑さが顔を見せ始める6月、スレはそれ以上の熱に包まれる。
KOTYの舞台に挑戦状を叩き付ける超兵器が現れたのだ。
熱狂に沸くリングに立つ鋼鉄の拳聖、Nintendo Switch専用DLソフト「ROBOX」。(通称:ロボ)

かつてアメリカで生まれた「ロックン・ソックン・ロボット」を思わせる「クラシックでどこか懐かしいボクシングロボット」で対戦を楽しむアクションゲームである。
しかしその実体は繰り出されるヘビーなパンチとは裏腹に大変にミニマムなものであったのだ。
特筆すべきはその驚異的なまでの薄さ。
キャラは色違い2種類のみ、ステージも1種類、難易度こそあれど攻撃速度の違いしかなく、クソゲーの華たるBGMはタイトルと本編の2曲しかない。
CPU1人倒せば実質ゲームクリアという驚異的なまでの薄っぺらさ。
ゲーム性もまた虚無そのものである。
システムこそ
「隙の少ないパンチ連打、射程の長いアッパーの二つを打ち分けることができる」、
「パンチは連打しているだけでは詰まってしまうためにテンポを維持しなければならない」、「更に攻撃で減り、ブロックで増えるスタミナの存在で攻撃しているだけでは不利になってしまう」、と細かく、これだけならば「少しは奥深さがあるのか」と思うかもしれない。
しかしCPUは全難易度共通でこの仕様を理解していない。
プレイヤーがブロックしていてもお構いなしの全力で、しかもテンポを守らずに殴り抜いてくるのだ。
結果としてこのゲームのCPU戦は「3秒ブロックして15発パンチ」を繰り返せば一切の感覚を排しても勝てる作業と化している。
それどころかドローの概念が存在せず、両者無傷の時間切れでは1P勝利となる仕様の為ガン逃げすればそれだけでも勝ててしまう。
よって1人プレイではやり込む意義さえ無い。
対人戦に救いを求めても、前述のスタミナ、そしてドローが存在しない事と併せて「1P有利の待ちゲー」という構図が生まれてしまっている。
下手に攻めればスタミナを消耗し、そもそも迂闊な攻めには射程の長いアッパーが刺さる。
よって待ちが有利。それなのにただ待つだけでは2Pは負けてしまうのだ。
当然勝つために2Pは攻めなければならないが、待ちが有利なゲームである為に2Pは不利な試合展開を余儀なくされる。
対人戦では試合を有利に進められるアイテムがフィールドに落ちているものの、回復アイテム以外は誤差みたいな効果しかないため戦局に影響を及ぼすことはない。
よって対人戦に希望を見出すこともできない。
因みにそれ程までに重要なスタミナはゲーム中で一切語られる事の無いマスクデータである。
このゲームの美点を敢えて挙げるとするのならば、
「丁寧なHPとスタミナの管理」「大味な割に見るところのあるキャラクター」「雰囲気のいいフィールド」だろうか。
しかしながらHPとスタミナ管理はあまりにも丁寧すぎて攻撃力の低下に気がつけなかったり、キャラクターの美しいモーションのパンチのせいで硬直が発生してしまっていたり、フィールドに至っては雰囲気がいいのにタイトル画像の世界観と全力で乖離してしまっていたりと、どれも欠点に繋がってしまう。

総じて「薄い」上に数少ない魅力も裏に秘められた糞によって丁寧に潰されている「ゲー無」と言える。
現行の225円という価格をもってしても薄いという感想しか出てこないこのゲームが、かつては1445円という薄さに対して暴力的な値段で売られていた事も付記しておきたい。
圧倒的なまでの「無」を武器にした機械仕掛けのボクサーは、その単純明快な力をもってKOTYにその名を轟かせたのだ。

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クソゲー達の攻勢は続く。スレ住民の目に留まった冬の残雪、それはまさしく無間地獄への誘いであったのだ。
地平を埋め尽くすピースの大洋、PS4専用DLソフト「Total Jigsaw」。(通称:ジグソー)

その名の通り、PS4でお手軽にジグソーパズルを楽しめるゲームである。
だがその姿は「あなたの靴下をノックアウトする」と書かれたPSストアの紹介文の如く異臭を放つものだった。
ジグソーに挑まんとするプレイヤーに最初に与えられる試練は操作説明の捜索である。
操作説明はオプションの「Controls」かゲーム中のテーブルに置かれたコントローラーを調べる事で確認できるが、前者はともかく後者は「操作説明が最初に与えられないゲームでジグソーパズルに関係無いオブジェクトを調べられると気づけるのか」と疑問に思わざるを得ない。
加えてその操作性は劣悪。ほとんどのボタンに役割が与えられ、且つ無意味な物は無い。
静的なパズルゲームであるにも関わらずスティック2本を余す事無く活用するその姿は、
まるで3Dアクションゲームでもプレイしているかの様だ。
肝心のパズルも絵柄の数こそ膨大だが、絵柄はやたらとダークな絵柄ばかりで代わり映えしない上に、時折間違い探しを楽しめてしまう始末。
パズルピースは外側部分を除き全て同じ形の上、絵柄に幅が無いので見分けるのが困難。
ピースが細かくなる160ピース以降からは同色同形状で判別不可能の同位体が現れてしまう事もあり、見分けのつかないそれらをハメるためにプレイヤーは四苦八苦することになる。
当然の如くバグも完備。間違ったピース同士をハメてしまえることがあり、前述の同位体で発生してしまうと何処が間違っているのか判断するのが非常に難しくなってしまう。
更に、操作によってはオブジェクトの下にピースが入り込んでしまう事がある。
オブジェクトの下は虚空の穴であり、完全に入り込んだピースは取り出す事が出来なくなってしまう。
当然そうなってしまえばそのパズルを完成させる事はできない。
トドメに、ソフトを終了すると進行中のパズルのセーブデータが消失するというバグか仕様かも分からない怪現象が存在する。
一度始めたパズルを一旦切り上げる事はできず、スタンバイモードを駆使しながら完成させるか諦めて全てを捨てるかの2択しか許されない。
それらの要素が組み合わさった結果、このゲームの最終形はどうなっただろうか。
このゲームのパズルの最大ピースは1000ピース。
人によっては丸1日以上の作業を必要とする膨大な時間の作業を、
「劣悪な操作で」「見分けのつかないピースが混入する上」「それらを間違ってハメたり」
「ピースが消失したりする事に怯えながら」「途中で切り上げる事は許されない」。
そんな無間地獄が形成されていた。
しかもパズルを進める度に処理落ちが発生し、ストレスは加速度的に蓄積されていく。
果てはある。しかし、果てが見えた瞬間、同時に”詰み”が見える可能性も抱えている。
崩れていた事に最後の瞬間まで気づかない新機軸の賽の河原。
おざなりに作られたジグソーパズルとは裏腹にパズルの周りに据えられた妙に作りの細かい小物の数々は褒められる箇所と言えるかもしれないが、肝心の部分が糞ではどうしようもないだろう。

「現実でジグソーパズルをやった方が遥かにいい」
このゲームを評する上で、これ以上の言葉は存在しない。
例え部屋をピースで埋め尽くされても、
例え家具の下にピースが隠れてしまっても、
その道程は遥かに楽しく気楽なのだから。

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それからしばらく、スレには平穏な風が吹いていた。

しかし、涼風が冬の厳しさを感じさせ始める11月、

季節外れの夏の暑さと共に日本海を超えてやってきた暴風がスレを支配する。

甘き夏謳いし愛の使者、Nintendo Switch専用DLソフト「サマースウィートハート」。(通称:サマスイ)

「10人の女の子たちと過ごす、楽しい一年間」という触れ込みの恋愛シミュレーションゲーム。
このゲームの特徴はこのゲームの女の子が「実写」で描かれる事だ。
立ち絵やCGに実写の女性が使われ、よりリアルな恋愛を楽しめる。
しかし、このゲームが繰り広げる「リアル」は我々が知るそれとはあまりにも乖離したものであった。
まずサマスイが持つメインウェポンはその圧倒的な「物量」である。
朝、昼、夕方、夜と一日の予定をつけ、主人公の行動を決め、そこで発生するイベントを楽しんだり主人公のパラメータを上げる…というのがサマスイの基本的な流れなのだが、
このゲームはそれを丸一年分以上の日程で行う事になるのだ。
どんなに少なくても800回以上ものコマンド選択と、それに付随するイベントがフルマラソンの如く長く険しく厳しい苦難としてプレイヤーに襲い掛かる。
せめて掛かる負担を軽減しようと主人公に「休み」続ける寝たきり生活を送らせても、ご丁寧に毎回毎回主人公が「休む」モーションが挿入され続けるせいで大した短縮効果は見込めない。
プレイヤーは主人公のパラメータを上げるにせよ、好感度を稼ぐにせよ、ただ日々を過ごすにせよ、
まるで変わり映えしない光景を無心で見つめ続けることになるのだ。
しかも、一周につきメインヒロインは1人までしか攻略できず、メインヒロインは2人いるのでこの工程を2回行う事になる。
2周目になって上げるパラメータや好感度など存在しなくなってもこの作業は続くのだ。
そのくせ既読スキップは存在しない。
では肝心の「女の子達との交流」はどうなのか。
ヒロイン達との交流の中身は例を挙げれば「夏に温泉で雪を眺める」「冬の浜辺でサンオイルを塗る」といった季節感の無いものから、「エレベーターを見に行く」「天気がいいから深夜に地下鉄に行く」といった文化の壁を感じるモノ、果ては「ショッピングしてたらいつの間にか結界を越えて別の世界に行ってた」「ヒロインが怪しげな治療術を受け足の怪我が回復する」という最早世界観がなんなのかよく分からないモノ、などといった現代日本という舞台設定から破綻したモノが多い。
文化の壁はサマスイが中国で開発されたゲームである事が原因なのだが、それによってイベントが理解できないというだけならまだしもそれがイベント中の選択肢に関わってくる為に知らなければ当てずっぽうで答えるしかないという点は問題である。
その他、あるヒロインが難病を抱えていることを告白する、あるヒロインが死んだ父の思い出を語る…といった「なんか重要そう」なイベントが汎用イベントに設定されているため何度も何度も聞かされたり、そもそもそれら含むイベントの殆どが単体で完結している為に「その後」が全く描写されなかったりと、なんともプレイヤーに疑問を残す作りになっている。
その合間合間に挟まるミニゲームも忘れてはいけない。
イベント中突然Aボタンを連打する等のミニゲームが挟まる事があるのだが、これが何の説明もチュートリアルもなく始まる上に失敗すれば容赦なくヒロインの好感度が下がっていく。そのうえミニゲームの成否が主人公のパラメータに依存している為に序盤のうちは非常に難しい物となっている。
ヒロイン達との交流を楽しむ手段にはもう一つ、「Like」というものがある。
Likeは「チャット」と「モーメンツ」に分かれており、
チャットではヒロイン達との会話を、モーメンツではヒロイン達の書き込みに対して反応することができる、という昨今のSNSツールを思わせるモノである。
…が、Likeで交流できるヒロインはメインヒロインの2人のみであり、残りの8人からはメッセージこそ送られて来るもののプレイヤーはそれに一切干渉する事が出来ない。
チャットでの会話も特定の選択肢ありきで進められている節があり、かみ合わない会話と強制既読無視に対して虚無感を感じずにはいられない。
クソADVとして当然なのだと言わんばかりに誤字脱字は当たり前、サマスイの場合はそれに加えて凶悪なまでの「糞翻訳」がオマケされる。
精度の低いGoogle翻訳の如く意味不明な文章と、原語の時点で稚拙な文章が融合した結果生まれたカオスが「はい!義母になる!」「記憶の中の匂いを掻いた」といった謎文章や突然男女が入れ替わる口調などに現れており、ヒロイン達との相互理解をより困難にする一因となっている。
その他システムもバックログ無し、ムービー中のテキスト送りの異常な速さ、雑な使い方をするパートボイス、無意味な選択肢中の制限時間、といった低品質な物が目白押しである。

実写で描かれるヒロイン、低品質かつ破綻したストーリー、カオスが過ぎる翻訳が生み出す渾然一体のトリニティは端から見れば笑えるかもしれない。
しかしこのゲームの実体は無窮の道を征く苦行を強要される「虚無ゲー」である。
甘さなど無い「苦」に満ちた哀の使者。
その暴威は我々に確かな恐怖を植え付けていった。

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戦いは続いた。
賛否入り混じる論争、検証の十分不十分が問われスレは混迷に誘われる。
ゴールは見えず、ただ会議は踊り続けるのみ。
例年ならば総評制作が始まってもおかしくない2月後半になっても続く論議の中、
―――唐突に、KOTYの門は叩かれた。
住民達の眼前に燦然と並び立つ二つの「球」。
大変に遅れながらも、“年末の魔物”が今年もやって来たのだ。

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並び立つ双璧、その比翼たるは物理への叛逆者。
現実の法則では到底あり得ない光景がそこに広がっていた。
盤上を支配する八の凶星、Nintendo Switch専用DLソフト「8ボールポケット」。(通称:八球)

ビリヤードのルールの1つである「エイトボール」を手軽に楽しめるゲームである。
だがその出来は600円という低価格であっても許されない程にお粗末な物であった。
プレイヤーに開幕から襲い掛かるのはロードの嵐だ。
起動に25秒、ゲーム開始に10秒。
そんなものは序の口とばかりにゲーム本編では異常に滑るスティック操作の劣悪さと盤面に近づく事を許さないカメラワークが敵となる。
当然の様にオプションには照準速度の設定やキーコンフィグなどは存在しない。
それを乗り越えた先に待つボールの挙動は輪をかけて異様であり、ボールが突如加速減速を起こすのは当たり前、物理法則を無視した反射を起こし明後日の方向へすっ飛んで行ったかと思えばブレイクショットの瞬間には正三角形状に配置されたボールの角だけが飛んでいき他のボールは不動、という事まで起こる。
全般的に全うな挙動をしない盤面にプレイヤーは四苦八苦する事になるだろう。
そんなプレイヤーとは裏腹に相対する敵AIは華麗なキュー捌きでボールを次々に盤面から狙い落としていく。
2、3ターン目には相手の残りボールがラスト一個になっている事もしばしばあり、その圧倒的強さでもってプレイヤーを叩き潰すのだ。
その上AIの強さは固定で変更出来ない為、一人で対戦したい場合にはこの最凶AIを相手取るしかない。
かといって対人対戦に希望を見出せるかで言えば、ボールがマトモな挙動をしない時点でノーである。

エイトボールでしか遊べない薄っぺらい内容であるにも関わらず、肝心のビリヤード部分は糞としか言いようのない出来であり、ただでさえエイトボールを楽しめないのに理不尽なまでに最凶のAIが相手とあってはまともな対戦も望めない。
メーカーが曰く、このゲームは「最高のゲーム」であるらしいが、果たしてその感想をこのゲームに抱く者が居るのか、甚だ疑問である。

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並び立つ双璧、その比翼たるは忘れ去られし夏の怪物。
令和の時代に生まれたとは思えぬその姿が魅せるのは、希望か、絶望か…
盤上を制するファンタジスタ、Nintendo Switch専用DLソフト「スーパー アーケード サッカー」。(通称:蹴球)

シンプルかつ直感的な操作でサッカーを楽しめるスポーツアクションゲームである。
全体的にレトロな作風を意識したであろうゲームデザインが特徴…しかしそれ故か、このゲームには”シンプル”に問題点が多いゲームなのであった。
端的に述べるのであれば、「今作には褒められる部分が無い」。
操作性は全体的に悪く、操作がシンプル過ぎるせいでロングパスを出すのにシュートを使わざるを得なかったり、「ボールの近辺にいる選手と交代する」仕様の為に必要な選手に中々切り替われない選手切り替えであったり、アシスト機能が無い為にリアリティ溢れる位置調整や強さの調整を強いられるパス回りの操作であったりとシンプルに出来が悪い。
ゲーム内容は更に作りが雑であり、オフサイドどころかイエローカードも存在せず、背後からのスライディングに対して稀にしかファールが取られない、たまにボールを出した側がスローイングやコーナーキックの権利を得るなどいった無法な仕様の数々が目白押し。
CPUもポンコツで、例え目の前にボールを持っている相手が居ても意地でもボールを奪いに行かず、行動を起こすでもなく相手の周りをウロチョロする、ディフェンスに至ってはボールが来たら下がるだけ、と無能そのもの。
その上CPUに対して指示を出すことは出来ないので操作性の悪い選手切り替えを駆使して一々対処せざるを得ない。
その中でも特にポンコツなのはキーパーであり、ハーフラインからのボテボテのシュートに横跳びが間に合わない、弾いたボールを見送ってゴールにする、律儀にゴールのド真ん中に構える為にミドルシュートが刺さる、キャッチしたボールを2、3度落として拾いなおす、キックミスやスローミスも連発するなど、最早「飾り」である。
選手が根本的にポンコツである為にフォーメーションの変更は実質機能しておらず、ただただマニュアル操作でパスを前線に回していく孤独感を味わう事が出来るだろう。
当然の様にバグも存在する上に、その内一つは試合中突然一切の操作を受け付けなくなり試合を先述のポンコツCPUに一時一任するしか無くなるという笑えない上に致命的な物であり、発生率も一番短い時間設定でも毎試合1、2回は発生するレベルで高いと隙が無い。

操作性、仕様、CPU、バグとあらゆる面で隙が無い「全方位糞」であり、面白い部分どころか褒められる部分さえ無いという壮絶な出来。
内容も当然の様に薄く普通に対戦するかトーナメントで対戦するかしか出来ないと悲惨ではあるが…「苦しみが長く続かない」という点で見るならば、これこそがこのゲーム唯一の長所とさえ言えるだろう。

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以上、6作品が今年の候補作である。
彼等は確かな輝きを持って壇上へと上がった。
ならば最後は頂点を決めるのみ。

混迷が世界を割き、動乱が人々を巻き込んでゆく。
天を裂く雷霆が、地を穿つ鳴動が、森羅を滅し万象を喰らう。
慟哭響く炎の戦場、戦士達は唯の一歩も譲りはしない。
夢想に敗れた屍達を踏み越えて、
新時代の王を名乗るべく血濡れた右手を掲げたのは――――

サマースウィートハート」である。

今年の候補作はY2Kを例外として「無」を武器としたゲームの揃う年だった。

無を追求したロボ。
存在意義の無いジグソー。
終わりのない虚無を描いたサマスイ。
何処までも粗末な八球。
褒められる点の無い蹴球。

総じてプレイする事への「無駄」をプレイヤーに問う作品であった、と言えるだろう。
ハッキリ言ってしまえば、候補作がどういう作品か分かっているのであれば「顔を背けてそれで終わり」としてしまえる程に中身が無い作品ばかりが集っている。
皆中身を持たぬのであれば、「その内容が最も苦痛」であればそれが一番のクソゲーと呼べるだろう。

その点において、サマスイは最も優れた作品であると言える。
何故ならサマスイは「虚無」であるにも関わらず「物量」を武器としたクソゲーだからだ。
他候補作は兎に角「中身」を持たない。
明確な終わりを持たぬが故に糞だと気づけばそれで終わり、という救いを持つのだ。
だがサマスイは違う。
サマスイは終わりあるADVである。
そして終わりがある以上、人はどうしても「終わりに惹かれてしまう」のだ。
途中で投げ捨てる事は出来ども、「結局どうなるんだろう」という疑問が残ってしまうし、その疑問を解消しようと思うなら都合800回以上のコマンド入力を要求する圧倒的「物量」が牙を剥く。
なのにサマスイの本質は「虚無」である。
ストーリーはおざなりで、そのおざなりなストーリーすら糞翻訳が理解させてくれず、それを手繰るためのシステムは糞の嵐。
パラメータがカンストしてしまえばコマンド選択には何の意味も無くなり、飛ばす事も出来はしない。
まさしく、「苦」の極致である。

唯一「無」を武器としないY2Kについても語ろう。
Y2Kはサマスイと同じ「終わりあるゲーム」にして「投げ出す事を許さないゲーム」であると言える。
しかし内容に目を向けた時、Y2Kは辛うじて「虚無」ではない。
「褒められる点を持つ」ために楽しめるか否か、という観点においてはY2Kは幾何かの救いを持つのだ。
最も、「褒められるがために裏切られる」事こそがY2Kの糞の根幹とも言えるが…
美点という光はどれ程か細くとも「苦」を超克する可能性となり得る。
裏切りの「可能性」と「絶対」の虚無。
果たしてどちらを行くのが「苦」であるのか?
無論それは救済の可能性を持たぬ後者に他ならない。
「万人に通ずる糞」という観点ではサマスイに軍配が上がるのだ。

余談ではあるが、海外製のゲームが据え置きKOTY大賞を受賞するのは本年度が初となる。
2012年度を皮切りに海外製ゲームはKOTYでもいくらか扱われてきたが、前年度までは惜しくもその栄冠を逃してきたのだ。
改めて令和初のKOTYを勝ち取ったサマスイと、本作の開発元である「風雲」に最大限の祝福を贈ろう。

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新時代のKOTYは動乱から始まった。

クソゲーがクソゲーであるのかの是非を問い戦った一年。
争う事そのものが間違いだとは思わない。
人が言葉をぶつけ合う以上、相違は必ずといっていいほど起こり得る。
だがその争いの果てに得るモノも、必ずある筈だ。
もし何も得られないのなら、その戦いは無駄である。
使った時間も、燃えるような憤怒も、全てが無駄となる。

クソゲーもそうだ。
クソゲーと相対するのならば全てを無駄とする覚悟が必要となる。
クソゲーというのは兎に角価値を持たない。
何も考えずに相するのならば、時間も心も怒りも全て、何も得られず無駄と消える。

だからこそ。

クソゲーを、愛そう。
クソゲーを、楽しもう。
クソゲーを、無駄にしてはいけない。

我々はその為に在るのだと、忘れてはならない。
糞と言う闇を笑い飛ばし、光へと変えるのが我々だ。

笑いをもってクソゲーと相すれば、クソゲーにも意味を与えられるのだ。

その心を忘れぬと再び誓おう。
新時代のKOTYは始まったばかりだ。
平成が紡いだ15年以上の時を令和KOTYが語り継げると願って…

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今年もまた、戦いが終わった。
最後に、「サマースウィートハート」のキャッチコピーになぞらえて、
KOTYの在り方を振り返る事で本年度の結びとしたい。

「十人十色のクソゲー達と過ごす、楽しい1年間」