2018年 総評

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総評    

2017年はKOTYの座を懸けて5つの作品が名乗りを上げ、群雄割拠の様相を呈した。
各々、強烈な異臭を放ち、誰が大賞になったとしてもおかしくない状況であり、
その年1番のクソゲーを決める意義を大きく考えさせる契機にもなった。

激闘の末、前年の大賞の冠を戴いた『RXN -雷神-』は、良作に成り得るポテンシャルを秘めていたにも拘らず、
ごく小さな狂いによって悲しきモンスターへと変貌してしまった。
鳥除けにもならないと、人々の眼には映らなかったとしても、我々は確かに価値を見出していた。
「KOTYは忘却されることのないように、語り継ぐのに相応しい作品へ与えるべきである」
という答えを導いた立役者として、これからも記憶に残り続けることだろう。

15年目となる2018年もまた、そんな惨劇をよそに覇を競う者が次々と現れた。
過去の英傑が遺した「叫び」は、果たして彼らの耳に届いているのだろうか。

***

スレ住人はKOTYの門番を決める「クソゲーダービー」の開幕戦に関心を寄せた。
晩春の風を合図に、一斉に扉が開く。
間もなく届けられた選評には、鮮やかなスタートダッシュを決めた1頭の姿が捉えられていたのだ。

PS4DL専用ソフト『Horse Racing 2016』(通称『馬』)。
2016年にSteam及びXbox One向けに発売された、競馬のチャンピオンシップを進んでいくレースゲームの移植作である。
トレイラーの時点でPS4の恩恵を受けているとは思えないグラフィック及びモーションのショボさが目に付くが、
ジョッキーたるプレイヤーへの試練は別にある。

最初にぶち当たる試練は、バグである。
ゲームを初回起動するとメニュー内の文字が消滅しており、
どの項目を選べばいいのか分からない事態にいきなり直面することになる。
これに対処するには予めPS4本体のシステム言語を『馬』の対応言語に変更するか、
目隠しのまま言語切替のオプションを探り当てるかの2つの方法があるが、いずれにせよ面倒臭い手間がかかる。

この試練を突破しても、今度は「馬の扶助をマスターする」試練が齎される。
レース開始前には毎回ご親切に操作説明とTipsを挟んでくれるが、曖昧な表記であるため使い物にはならない。
一流のジョッキーとして大成するには、実戦にて技術を体得するほかに道は無いのだと厳しさを痛感させられる。
因みに、馬を前進させ続けるには×ボタンを連打しなくてはならないため、
本当に指の痛みを感じるだけでなく、コントローラにもかなりの負担を強いてくる。

レースそのものにおいては、「すこぶる単調なゲームプレイへの耐久」という試練が待ち受けている。
用意された55のステージは殆どが同じ形状であり、違いは精々、マップのグラフィック・ゴールまでの距離・要求タイム。
そのため、「スタートダッシュを成功させ、馬の加速幅を上げる鞭振りのタイミングを守って最後まで走らせる」
というパターンを覚えて馬を乗りこなせるかがレースの勝敗を分かち、てんで戦略性もへったくれもない。
ゲームを進めていくごとに性能の違う馬が増えていくが、ほぼ既存の馬の上位互換であるため乗り換えない理由がない。
縛りプレイでもない限り、馬とジョッキーとの間に絆が芽生えることは皆無である。
なお、1ステージにつき1分程度で終了するので、手に汗を握らない展開のまま約1時間後にはクリアまで辿り着いてしまう。

その一方で、操作やパターンの把握が難しいと感じる初心者の救済も手厚くなされている。
『馬』では各レースの成績に応じたスコアが入り他9人のNPCと競い合えるのだが、これはPS4トロフィー獲得の条件でしかない。
極端な話、全レースで故意に最下位を維持し続けても、次のステージに進むことができる。
最終ステージでは殆どのゲームシステムが取っ払われ、終始ボタンを連打して馬を走らせるだけで1位が取れる始末である。

結論として、ジョッキー達は1位を目指して操作性の悪さに耐えつつプレイするか、
順位は二の次にして、ひたすらステージを解禁する作業に時間を費やすかの二択を迫られる。
尤も、どの道クリア演出は変化せず、スタッフクレジット後にタイトルに戻るだけ。
進行に支障を来す程の破綻したシステムこそないが、
プレイスタイルの如何に拘らず、ネガティブな感情を生み出すストロングタイプのクソゲーとして、
『馬』は2年の時を越えてKOTY界のゾンビホースに昇華されたのである。

***

快調な走りを見せ初戦を制した『馬』は、暇を持て余したかのように門の前で佇んでいた。
しかし、来る夏に1頭だけでは心許ないと判断したのか、
誰もが目にしたことのある白い悪魔が、「我こそは」と『馬』の騎乗に挑まんとしていた。

PS4専用ソフト『New ガンダムブレイカー』(通称『NGB』)、KOTYスレに立つ。
『機動戦士ガンダム』シリーズに登場するロボットのプラモデル「ガンプラ」をテーマに、
「敵を倒しパーツを奪う」、「手に入れたパーツを自機にカスタマイズする」、
この2つの要素をメインとした「創壊共闘アクション」ゲームの最新作である。
だが、過去作で取り入れられていたユーザーからの意見を全く無視したかのようなPVと、
発売1週間前に配信されたβ版のあまりにも低いクオリティに、スレ住人は心奪われた。
そして発売後、「New」の名を冠した本作の全貌が明るみになると同時に、スレは近年最大の盛り上がりを見せる。
それもそのはず、『NGB』は想像以上の「『ガンダムブレイカー』ブレイカー」だったのだ。

『NGB』はアクションパートだけでも、書き切るには多すぎる粗が撒き散らされている。
移動と戦闘スピードの遅さ、アテにならないミニマップ、
カメラワークの悪さ、ボロボロの戦闘バランス…しかし、これらは序の口でしかない。

本作の特筆すべきポイントとして、積極的な戦闘を阻害する回収作業がある。
ガンプラの各パーツには「Exアクション」という特殊なアビリティが設定されており、
ガンプラの素体である「インナーフレーム」のレベルが上がるにつれて、次第に解禁されていくという仕様になっている。
レベルを上げるにはフィールドに存在する敵を倒すか、あるいは点在するコンテナを破壊することになるが、
自機の戦闘能力に直結しているフレームレベルが初期状態では敵に全く歯が立たない。
つまり、戦闘開始後は「敵も味方もそっちのけでコンテナを破壊しまくる」という、
いきなり本筋から脱線したプレイを要求されるのである。

だが、これだけでは終わらない。
カスタマイズに必要なパーツ集めでは、攻撃を喰らった敵から外れたパーツを拾うことになるのだが、
自機は5つしかパーツをストックできない上、ボックスに納めない限り戦闘中に落としてしまうリスクが付きまとう。
  そのため、レベル上げの次は「パーツを拾い、あちこちにワープするボックスまで走ってパーツを入れる」という、
これまた戦闘とは程遠い内職に徹することになる。
敵味方構わずコンテナとパーツの奪い合いに血眼になるその様は、
ガンプラバトルではなく「ゴミ収集」や「玉入れ」とした方が的を射ているだろう。
ゲーム内ショップでお目当てのパーツを購入する方法も用意されているが、
パーツを100個程収容してようやく1個と交換できるボッタクリ価格で販売されている。
足下を見る遣り口に、流石はバンダイナムコエンターテイメントだと感服せざるを得ない。

そもそも、『NGB』で変更されたメインルールがこの問題に拍車をかけている。
次々と発生するお題を先にクリアしたチームにポイントが付与され、
制限時間内に獲得したポイント数で勝敗が決まるというものであるが、
メインのお題さえクリアすれば、どれだけポイント差が開いていてもその時点で自チームの勝利が確定する。
「ハリー・ポッター」に登場するスポーツ「クィディッチ」にインスパイアされたのか、
対人戦はともかく、NPC戦ではまともに戦うのもアホらしくなるアンバランスさである。
味方NPCはクリアを優先するため、プレイヤーが共闘を放棄してパーツ集めに勤しんでいても、
気が付いたらいつの間にか勝利していたことも多々ある。
「完全放置しても全ステージが各3回以内のリトライでクリアされた」
という検証結果から勝率の高さが窺えるが、そこに達成感はあるのだろうか。

目玉として大々的に宣伝されていた「RTC(リアルタイムカスタマイズ)」も、とんでもない地雷要素である。
敵から奪ったパーツをその場で装備できる新システムなのだが、
「自分のガンプラで戦う」という本シリーズのコンセプトとの乖離を引き起こしている。
パーツが外れているか、装備していない部位が存在する状態で対応するパーツを拾うと、
否が応でも装備を強いられ、換装こそ可能だが外すことは不可能。
「ジムで出撃したら戦闘終了時にはザクになっていた」怪奇現象が、本作では起こり得てしまうのである。
「シールドを付けずに戦いたい」、「徒手空拳で戦いたい」などの場合は機体コンセプトの維持ですら困難を極める。
落ちている武器を拾い戦況を動かすドラマチックな戦闘を想定していたのかもしれないが、
実際のところは、中途半端に呪われている装備を拾いはしないか戦々恐々として、余計に交戦が忌避される要因になっている。

コンセプトの崩壊に目を瞑ったとしても、「Exアクション」が各パーツに紐づけられている仕様のため、
パーツや武器が変われば、根幹的な戦術を組み直さなくてはならない。
出撃時のガンプラを維持したいのであれば、「わざと撃破されるか自爆を行い、初期状態に戻す」方法があるのだが、
自機のキメラ化を阻止するために自滅が推奨されているとは、俄かに信じがたいだろう。
公式は当初、過去作よりもパーツアウトし易くする程RTCの活用を推し進めていたのだが、
アップデートで真逆の補正が掛かり、存在意義がより一層疑われている。

また、『NGB』はアクションパート以外でもスベり倒している。
「モテる! 更にモテる!」と一押しのギャルゲー風ADVパートだが、内容が非常に薄い。
攻略できる7人のヒロイン共、シナリオの流れがほぼ同じという判子っぷり。
会話の中身は適当に放り込んだガンダムネタのオンパレードで、ファンの逆鱗にいちいち触れてくる。
用意されたCGイラストは各2枚程度、バックログ非搭載、会話スキップが会話パート全カット…と、
どこを取ってもやっつけとしか言いようのない出来映えになっている。
ガンダムゲーとして本作を見ても、評価を挽回できるだけのフォローは望めず、
機体と装備できる武器が食い違っているなど、原作再現のお粗末さに事欠かない。

「New」の名に恥じない一新した内容で大勝負に出たつもりが、軒並み低評価の嵐。
バンナムの実力を遺憾なく発揮した『NGB』は、難なく「恥の殿堂入り」を果たした。
本作そのものにもRTCを施した結果、バグの改善など一歩前進したと認められる箇所も存在するが、
メインシステムがこの為体なので、総合的には付け焼刃に留まっているのが現状である。
製作者が本作を世に出したことでブレイクしたものは、
それまでに掲げてきたコンセプトと、ファンとの間で積み重ねてきた信頼関係に他ならないだろう。

***

多くのジョッキーを振り落としてきた『馬』と、
それを「Gガンダム」の風雲再起を乗りこなすが如く扱ってみせた『NGB』。
固く閉ざされた門にて立ち構える最強の騎兵によって、スレは暫くの間歪な平和を保っていた。
この警備で攻める馬鹿はいないと誰もが確信していた。ところが、幸か不幸か、馬鹿は来たのだ。
上半期の強豪に翻弄され続けたスレ住人は、立て続けに来襲した3者の実力にまたもや戦慄することとなる。

***

11月中旬、秋の深まりを感じる頃だが、スレでは2ヶ月半前から潜伏していた酷暑に見舞われていた。
PS4及びNintendo Switch向けソフト、『リトルドラゴンズカフェ -ひみつの竜とふしぎな島-』(通称『リトドラ』)。
突然目を覚まさなくなってしまった母親の命を救うために、
双子の子供がカフェを経営しながら、解決の鍵を握るドラゴンと共に冒険生活を送るゲーム…のはずだった。
箱庭シミュレーションゲームの金字塔である『牧場物語』と、
2013年の携帯版KOTYを制した『ホームタウンストーリー』の生みの親が送るオリジナル完全新作は、
ほのぼのとした雰囲気とは裏腹に静かなる狂気を孕んでいたのだ。

冒険とカフェの経営をウリにしている『リトドラ』だが、どちらも薄っぺらい出来である。
まず、本作は「カフェで出す料理のためにレシピのかけらと食材を調達する」という、
ただの採集が冒険であるとされており、肩透かしもいいところだ。
それでもまだ見ぬ新天地に心を躍らそうにも、心折なシステムが水を差しに来る。
全体マップは、公式サイトあるいはパッケージのケース内にしか存在せず、
移動中の確認は行儀が悪いという、スタッフの配慮がこの上なく利いている。
「冒険には危険が付き物」とは常套句だが、本作でもその例に漏れていない。
ジャンプの感度とカメラワークの悪さに梃子摺り、多段ヒットが発生するモンスターに折角作った料理を根こそぎ奪い取られ、
崖や壁間際でアイテムをドロップすると手が届かず、お約束のバグ&フリーズも発生。
ドラゴンが成長して空を飛べるようになっても行動範囲が広がるだけで、
終始一貫してゲーム性を変化させないその姿勢には、寧ろ安心感すら覚える。

カフェの経営と書いたが、間違っても文字面をそのまま受け止めてはいけない。
何故ならば、『リトドラ』においてカフェはストーリーを進めるための舞台装置でしかないからだ。
第一に、経営と言うならば存在してしかるべき通貨の概念がオミットされている。
「美味しい料理を提供して客の心を開き、彼らの悩みを解決した報酬として新たな食材を貰う」、
本作ではこの繰り返しが経営と定義されているようだが、根底にある単調さを拭い切れるものではない。
料理パートは音ゲー形式で完成度が決まるが、最低評価でも何故か客足が増え、
畑は耕しも水やりもできず、食材の種類が増すにつれて収穫量が減る。
経営に繋がると思わせる要素の多くは見て呉ればかりで、全く内容が伴っていない。

カフェは内憂外患こもごも至っており、サボりと往来の邪魔だけは一丁前なスタッフと、
「お客様は神様です」と言わんばかりの傍若無人な態度を取る客との対応に追われる。
若き主人公は2つ以上の物事を同時に扱えるほどマネジメントの要領を掴んでいないので、
消化すべきタスクが発生しても、とりあえずは現在進行中の作業をこなすしかない。

だが、カフェがただの飾りであることが、皮肉にもこの苦行からの解放を可能にしている。
カフェの評判が上がることでストーリーが進んでいくが、時間一杯接客するよりも、
最初の来客にだけ相手をしてすぐさま寝た方が評判の伸びが良い。
イベント以外では料理する必要もなく、普段はカフェなど我関せずと採集に精を出して、
昼過ぎに帰宅からの就寝という流れで事が足りる。
最終盤では「働いたら負け」を体現するかのように、寝続けるだけでイベントが進行する有様だ。
公式サイトにある「1日の過ごし方」を見ると、休憩なしの18時間労働が当然とばかりに日程を組んでいるが、
「努力が報われない」と一度知ってしまえば、労災待ったなしの過酷な生活を送ろうとは誰も思うまい。
物語の発端となった母親がエンディングまで完全放置の扱いを受けようが、それは些末な事情である。

『牧場物語』のネームバリューに惑わされ、『リトドラ』もシミュレーション要素が強いゲームであると、
勘違いしてしまった側にも責があるのでないか…という意見もあるだろう。
だが、いくらでも面白くできそうな要素の一切を丁寧に潰した冒険生活の前では、
そのような擁護など、何の意味も成さないのは自明である。
ビジュアルから漂うほのぼの感はどこへやら、その実体は"Hurtful"な作品だったと言えよう。

***

KOTYの座を狙う挑戦者達に、攻撃の手を緩める気配はない。
11月15日、『リトドラ』に続いて現れたのは、Nintendo Switch専用DLソフト『GEM CRASH』(通称『ジェム』)。
「360度全方位式ブロック崩しゲーム」である本作は、既存のブロック崩しとは異なる特徴を持つ。
ステージは円状であり、ルールも全てのジェム(ブロック)を崩すのではなく、
無限に出現するジェムを制限時間内にどれだけ崩せるかを競う、スコアアタック形式を取っている。

しかし、980円という低価格ゆえか、初っ端から手抜き臭が凄みを帯びている。
本作は全5ステージしかなく、後半の2つのステージが前半の1ステージの使いまわし、
最終ステージ以外では使用されているBGMが全く同じ、といった具合だ。
ステージのギミックも、ボール射出装置とワープゾーンの2種類が1箇所ずつ設置されているだけで味気がなく、
スコアの稼ぎ時であるフィーバータイムでは全て撤去されてしまい、存在価値に乏しい。

だが、『ジェム』を俎上に載せた最大の要因は、「膨大なレベリング作業」である。
本作はプレイヤーレベルの概念があり、ステージ及び消費アイテムの開放状況に影響する。
スコアに応じた経験値を溜めることでプレイヤーレベルが上がるのだが、
1プレイあたりの獲得量がしょっぱいにも拘らず、レベルアップに要求される経験値は飛躍的に増加していく。
最終ステージがアンロックされるプレイヤーレベルは70かつ、
1つ手前のレベル69から、レベルアップまでに稼ぐ必要のある経験値は200万。
ただでさえ少ないボリュームだというのに、最初は1番目のステージしか選択できず、
一通り遊べるようにするには、同じステージを繰り返しプレイするしかない。

また、ステージでジェムを破壊することにより獲得できるゲーム内通貨「宝石」は、
ボールの性能の向上や、スコアを稼ぐための消費アイテムの購入に使われるが、
ボールを更に強化しようとするにはやはり大量の宝石を要求されるし、
消費アイテムもその効果は微々たるものであり、効率の良さを実感しにくい。
1ステージの所要時間は1,2分程度で『馬』とタメを張れる短さだが、
全ステージが解放される頃には累計10時間超と、プレイ時間が露骨に水増しされている。

では肝心のブロック崩しは面白いかと言えば、残念ながらそんなことはない。
本作のボールの挙動はフワフワしており、予測不可能な動きの前ではテクニックは無用の長物となる。
また、初期状態ではボールは1個しかないので、スコアを稼ぐこともままならない。
しかし、突破口はある。それは「ボールの個数を増やす」ことである。
本作においては、ボールが1個増える「スプリットジェム」をいかに素早く破壊できるかが重要となる。
ボタンを押してバーを動かすだけの地味な操作も、ボールを増やし、また性能を向上させてしまえば必要がない。
縦横無尽に駆け回るボールの征く手を阻むトラップもステージ上には存在しないため、
コントローラから手を離したところで、勢いが衰えはしないかと気に病むこともない。
選評者は、このゲームを一言で片づけている。「レベルを上げてボールで殴ればいい」と。

勿論、そうした虚無の極致に達するには、相応の作業を余儀なくされるので、
プレイの単調さが加速していくのに対し、レベリングはより鈍重なものと化す。
美しい反比例曲線を描くそのデザインは、2016年大賞の『古き良き時代の冒険譚』を想起させる。
響きに乗せられて『ジェム』を購入した者は、程無くして思い知らされるだろう。
数の暴力をもってして苦痛を与え、精神を崩落せんとする「ゲー無」であると。

***

事態の急変ぶりに警戒しつつ、退路の確保を図るスレ住人達…
しかし、奇しくも『ジェム』と同日に侵攻を開始した破壊神に回り込まれてしまった。
PS4及びNintendo Switch向けソフト、『RPGツクールMV Trinity』(通称『MVT』)。
RPG制作ツールとして名高い『RPGツクール』シリーズのPC向け最新作『RPGツクールMV』の移植版かつ、
据置型ゲーム機向けとしては14年ぶりとなるタイトルでもある。
だが、DL専用として同時発売予定だったXbox One版が発売寸前で延期となり、早くも雲行きが怪しくなっていた。

『MVT』は端的に言ってしまえば、「仕様通りな部分もそうでない部分もクソ」であることが真骨頂だ。
手始めに、RPGをツクるに当たってツールの使い方にある程度慣れておきたいと、特に未経験者は思うだろう。
しかし、初回起動時に強制開始するチュートリアルは長ったらしい上に、
操作方法や設定項目の意味などの肝心な部分が濁されており、解説する気の無さだけが文面から伝わってくる。
これとは別に実装されていたチュートリアルは輪をかけて酷く、「無限ロードが発生して一向に始まらない」、
「製作中のデータが上書きされる」といったバグのトラバサミが仕掛けられていた。
公式ですら触れたくないと内心思っていたのか、アップデートにより改修するのではなく、
メニュー項目からチュートリアルそのものを削除する、臭い物に蓋の原理が適用されてしまった。
古代ローマの「ダムナティオ・メモリアエ(記憶の破壊)」を彷彿とさせる対応により、
チュートリアル関連のトロフィーが存在するPS4版が、発売から1ヶ月も経たずにトロコンが実質不可能となる、
思わぬ弊害を生んだことも付記しておこう。

いざ製作に取りかかろうにも、ここではテンポと操作性の悪さが立ちはだかる。
幾度となく手直しすることが前提だというのに、何をするにも毎回挟まれる5~10秒の長いロードと、
誤操作を誘発させ、警告を挟むことなく数値設定やキャラクターグラフィックに掛けた作業を無に帰すUIのおかげで、
ツクラーに与えられた貴重な製作時間はじわじわと削られていく。
公式が「シンプル」だと宣うUIについてもう少し掘り下げると、
「アイテム枠の追加やマップの通行判定など、共通する作業を一括で行えない」、
「それらの設定を文字通りボタン連打のみでしか受け付けない」、
「ダメージの計算式も入力できる項目数が11個と少なすぎるため、項目を[]で区切った時、
[味方の][攻撃力][×][定数][-][敵の][防御力][×][定数]…のようなえらく単純なものしか実装できない」と、
PC版には存在しなかったストレス要素をいたずらに増やしている。

それでもゲームを完成させることが可能であるのならまだ救いもあったのだが、そうであればどんなに良かっただろう。
最低限のゴールすら、『MVT』では保証されないのである。
製作の進行と共に延びていくロード時間や、PC版から劣化したUIに耐えてきたツクラーを嘲笑うかのように、
大小入り混じった、発生条件も不確かなバグが容赦なく、彼らの力作を踏みにじるのだ。
突然のフリーズ、強制終了はざらにあり、果てにはセーブデータが破壊される「賽の河原」バグが出現。
不幸にも目の当たりにしたツクラーは「おきのどくですが」としか、掛ける言葉も見つからない。
新種の発見が日常茶飯事となったバグの数々を書き並べようものなら枚挙に暇がなく、
ここまで来ると本作に「RPGツクーレナイ」と改名、もとい戒名を付けたくなる。

また、買い切り作品だというのに何故かログインボーナスが実装されている。
一日に一回配布される素材は、「最初から入れとけ」レベルのものばかりと選出基準が謎。
その上、素材が追加されるごとに内部の管理IDがズレる所為なのか、
ゲーム製作で使用していた素材が別のものと勝手に置き換わるバグが発生。
ついでに、素材補完の代償としてセーブデータを亡き者にする「賽の河原」バグも完備。
この有難迷惑なログインボーナスは最低でも180日間存在すると判明しており、
最早謎を通り越して恐怖のロシアンルーレットである。

仕様側のストロングなクソ要素と、終わりの見えないバグ要素。
双方で致命的な欠点を露わにした『MVT』は、2019年3月11日にXbox One版の発売中止が決定された。
対応プラットフォームの減少により、本来想定されていた"Trinity"の瓦解が不可避となる、
スレ住人としてはこれ以上にないオチがついたのだ。
その代わりとして、伸びしろのあるロード・お粗末なUI・有志の検証により500超が確認されているバグの大群と、
負のベクトルで構成された"Trinity"が、本作を特徴づけていると言える。

***

以上5作品の候補作を紹介し終えたところで、大賞の発表に移ろう。
波乱に次ぐ波乱が巻き起こった2018年、激動の時代に終止符を打つごとく、
高らかな「叫び」を天地に轟かせた声の主は……
RPGツクールMV Trinity』である。

『MVT』が他の手強い候補作よりも抜きん出ていたのは、
「自ら掲げたコンセプトの否定を最悪の形でやってのけた」点である。
「ゲームを作るって、楽しい!」と謳ったキャッチコピーに触発されて手に取れば、
RPGに盛り込みたいアイデアをあれやこれやと膨らませ、
自分や家族、友人、あるいは知らない誰かが、自作ゲームを楽しんでいる光景を思い描き、
作品の実現を夢見るであろうことは想像に難くない。

だが前述の通り、本作ではゲームを最後までツクりあげることですら危うい。
インフレどころか無限に続きかねないロードと、『四八』の如く多発する不具合に足が止まり、
『アジノコ』の系譜を継ぐ「賽の河原」バグとパッチによる下方修正が追い撃ちを掛ける。
『嵐』の再来であろうか、仕様とバグとの境界を覆い隠す濃霧が立ち込めているため、
歴戦の勇者をして検証の完遂は不可能であると言わしめた。
スレには『誤当地』の悪夢を思い起こさせる家庭不和の報告が届き、
他方では、公式Twitterが相次ぐ不具合の報告に対して「皆さまはデバッガーではございませんので」と、
さながら『戦極姫』のような悪手を打ち、有料デバッグに付き合ったツクラー達を呆れ返らせる。
これまでのKOTYの負の叡智を結集させた要素の数々に、精神はどす黒く染まっていく。

更に、PS4版において『MVT』全体のゲーム製作容量が一定値を超えると無限ロードが発生することが判明。
セーブデータの破壊を防ぐために、二重セーブを取ることは自殺行為と同義であり、
重い制約が課される対応策を取ろうものなら、初代『ドラクエ』の再現すら夢のまた夢。
また、『MVT』を持っていなくてもツクられたゲームが遊べる無料アプリ『MVプレイヤー』は、
不具合だらけの『MVT』を基にして作られているためか、作者のテストプレイデータが残っている上に、
置き土産として無限ロードが発生して遊べなくなるバグも付けた、香ばしい逸品である。

気の休まる余地がない本作のどこに、ゲームをツクる楽しさや喜びを感じ取れば良いのだろうか。
誰でも簡単にゲーム製作ができ、知識と技術があればプロも顔負けの作品を生み出せる『RPGツクール』を通じて、
ものづくりに興味を抱き、ゲーム業界を志した人も少なくないはずである。
しかし、公式でさえ全容を把握できているとは言い難いクソの迷宮たる本作では話が違ってくる。
踏み入れば最後、ツクラーは何時来るかも分からないゲーム側からのちゃぶ台返しに怯え、
やがては製作にかける熱意をも喪失してしまうだろう。

『NGB』をはじめとする次点4作品も、生まれてくる時代が違っていれば、
大賞の座に輝く未来があったかもしれない、と思わせる材料を多く持ち合わせていた。
しかし、『MVT』が見せつけた絶対的な差…「自作ゲームの完成」という大まかな目標をも遠のかせる、
質と量を兼ね備えたクソの集合体がスレを大いに沸かせ、KOTYに推す機運を高めたのだ。
2010年の携帯機KOTYで一時期取り上げられるも「ツクーレナイ」要素の弱さが仇となり、
敢え無く選外となってしまった『RPGツクールDS』。
それから8年越しの雪辱を遂げた現在も慢心することなく、定期的なアップデートが実施されている。
赤と黒が混ざったサンタクロースを気取っているのか、
改善と改悪を同時にプレゼントしている本作の先にある結末まで、今後も目が離せない。

***

平成最後となるKOTYも無事に終了し、新時代の夜明けを迎えようとしている。
2018年の流行語大賞では「eスポーツ」がノミネートされ、
茨城県で開催予定の国民体育大会にて、eスポーツ選手権の初実施が決定されるなど、
半世紀近い歴史を刻むコンピュータゲームは今もなお、その在り方を変化させ続けている。
発展なくして、未来はない―それは、クソゲーにも同じことが言えるのではないだろうか。

成功と失敗の織りなす過程では、どうしても成功ばかりに目を向けてしまいがちだが、
失敗だと揶揄されるクソゲーもまた、確実に進化の道を歩んでいるのだ。
2004年の大賞『ゼノサーガ エピソードII[善悪の彼岸]』に始まり、
見事2018年の栄光を掴み取った『MVT』に至るまでの15年間、
KOTYに名を連ねたクソゲー達の惨状に、驚愕が絶えることはなかった。
ただ停滞していただけならば湧き上がらない我々の感情が、クソゲーの発展を裏付けるなによりの証拠である。
また、発明王トーマス・エジソンは、電球の発明に1万回もの失敗を重ねたことについて、
「失敗ではない。うまく行かない1万通りの方法を発見したのだ」という言葉を遺している。
我々も彼に倣って、娯楽を提供しようとしたがうまく行かず、斜め下の方向を突き進んだクソゲー達に敬意を表しつつ、
2019年も、その先も、記憶の片隅に埋もれることのないよう語り継いでいきたい。

最後に、『MVT』のキャッチコピーになぞらえて、
過去・現在・未来に通ずるスレ住人からの素朴な疑問を投げかけることで、本稿の結びに代える。

「クソゲーを作るって、楽しい?」